パナソニックと聞けば、誰もが分かる有名企業です。そんなパナソニックを一代で築き上げたのが松下幸之助さんです。松下幸之助さんは「物を作る前に人を育てる」など多くの名言を残しています。
人を育てるとはどういうことなのか、松下幸之助さんの名言から大企業の代表としての観点を学んでいきましょう。
また、松下幸之助さんが最初に立ち上げた松下電器産業から、大手電機メーカーパナソニックと至るまでどんな道のりだったのでしょうか。松下幸之助さんについて詳しく見ていきたいと思います。
松下幸之助のプロフィール!大企業に至るまで
松下幸之助さんは1894年11月27日に和歌山県に生まれました。94歳の時に亡くなっています。パナソニックを一代で築き上げるなどすごい功績を残した松下幸之助さんですが、幼少期からとても苦労しています。
1899年の頃に、父親が米相場で失敗して破産してしまい、その後も下駄屋を始めますが上手くいまずまた店をたたむことになりました。
家計を助けるために、松下幸之助さんも小学校は4年生の時に中退し、9歳で宮田火鉢店に丁稚奉公に出されたのでした。そんな松下幸之助さんが電機業界に興味を持ったのは16歳の時です。
大阪に導入された路面電車を見て、感動したことがキッカケでした。16歳の時に大阪電灯に入社します。18歳のときに働きながら関西商工学校夜間部予科に入学し、22歳のときに大阪電灯を退社しています。
その後、妻と弟、友人2名と起業します。ここからパナソニックまで成長するのでした。
松下幸之助の名言がすごいと話題に
偉業を成し遂げた松下幸之助さんは多くの名言を残し、その名言がすごいと話題となっています。
「無理に売るな。客の好むものを売るな。客のためになるものを売れ」など、商品開発や商売に関する名言や、「才能なきことを憂うる必要はないが、熱意なきことを恐れなくてはならない」などの仕事への考え方など、本当に多くの名言を残しています。
この名言や、松下幸之助さんの経営論、考え方などはなんと27冊もの本となっています。需要が無くてはここまで多くの本を出版することはできません。
それほど、多くの人が松下幸之助さんの名言を仕事や人生の教科書にしていることが分かります。その中でも一番売れたのは「道をひらく」です。
累計520万部を売り上げ、1968年に初版が出版されたものが2016年になってもビジネス書のベストセラーランキングにランクインする大ベストセラーとなりました。
松下幸之助、物を作る前にまず人を育てる
松下幸之助さんの名言の一つに「物を作る前にまず人を育てる」というものがあります。パナソニックという一流電気企業ですので、何よりも良い商品を作ることが最優先だと考えてしまいますが、松下幸之助さんは違いました。
松下電器は何を作るところかと尋ねられたら、まず人を作るところで合わせて電気器具も作っていますと答えるようにしろと教えてきたのでした。
人間として成長していない人を持つ事業は、事業としても成長しないということが松下幸之助さんの考えなのです。
松下幸之助さんが思う人材育成とは、ただ技術力、営業力がある人間を育てるのではなく、仕事の意義や社会貢献の使命をよく分かっている人材に育てることをいうのでした。
松下幸之助、代表としての考え方
松下幸之助さんの名言の中に「それは私の責任ですということがいい切れてこそ責任者たりうる」という言葉があります。松下幸之助さんは会社の代表として大きな責任を持ち、またそれが社員にわかるようしっかりと行動に移していたのです。
また、人が十分だと思うレベルでも、まだ何か一つ足りないのではないかと考えるのも松下幸之助さんでした。こういった考え方がいい商品を生み、会社の成功につながったのです。
松下幸之助さんが社員に幽霊の怖いところを問うと、足がないところ答えたそうです。それに対して、足がないということはそれが何者か分からないということ、実体がなく何か分からないものが怖いというのは経営も同じと教えたのです。
見えないものを見えるようにするのが経営だということで、そのためには自分でわかるまで考えて、現場にでることが大事だと勧めたのでした。
松下幸之助の名言は新人社員研修にも
松下幸之助さんの名言は新人社員研修の中でも多くあります。「新入社員でも意識は社長になれ」新入社員ですので、もちろん技術はありません。ですが、意識はどうとでもなります。
新入社員だから何もできないと思うのではなく、社長のように会社が良くなるにはどうしたらいいか、お客様のためになるものはなにか、とまず考えることが大切だと説いたのです。
また、新人研修でこれからいう2つのことを守り通したら重役になれると教えました。1つ目は、「いい会社に入ったと思い続けること」です。入社当初はいい会社だと思っても、嫌な上司がいたり、やりたくない仕事をさせられたりすると、嫌な会社だと思ってしまいます。それでもいい会社だと心から思えるかどうかが大事なのです。
このことは、人間は9割どうにもならない運命でできているけど、その運命を呪うのではなく喜んで受け入れることが成功につながるという名言にもつながります。
2つ目は人生においてお金より信用が大事ということです。お金は無くなっても努力で撮り戻すことができるけど、信用は失くしたら二度と取り戻すことができないのです。
松下幸之助、“人材育成は公事”という観点
松下幸之助さんは人材育成について大きな思い入れがあります。物を作る前に人を育てるといったように、なによりもまず人間性を育てることが大切だと考えているのです。
そしてそれは、会社の中だけではありません。人材育成は公事という考え方があるのです。公事というのは、個人的ではなく公式のことという意味があります。
人材育成をすることで、会社のため、会社の利益のためだけではく、その人のためその人と関わる世の中のためになるという考え方なのではないでしょうか。
電気器具を作るというのは、世の中が豊かになることの1つです。そんな素晴らしい電気器具を考え作る社員を生み出すために、松下幸之助さんは人材育成をしていたのです。
そして今もなお、松下幸之助さんの人材育成論は他の企業でも役立っているのでした。
松下幸之助、企業とは公の機関に過ぎない
松下幸之助さんが残した名言、「企業とは公の機関に過ぎない」という言葉の意味は何なのでしょうか。これは、企業はたとえ自分が起こした会社でも世の中の人々がいてその人々が求めるからこそ存在しているのだから、公の機関だという考えです。
松下幸之助さんの人材育成への考えにも繋がります。たしかに、いくら良い電気器具を作ったとしても、それを求めて買う人がいなければ何の意味もなく、会社も成り立ちません。
これは、どの企業に対しても言えるのではないでしょうか。松下幸之助さんは自分のため、会社のためだけではなく、第一に世の中のためとして仕事をしてきたのです。
社員を叱る時も、企業は社会の公器であるからと、信念をもって世の中のために叱るべきところは叱るという考えでした。
松下幸之助、世の中の役に立ちたい
これまでの松下幸之助さんの名言を見ていると、世の中の役に立ちたいという気持ちが強くあることが分かります。そして、その信念の通り、世の中の役に立つことを多く成し遂げてきました。
人材育成に関しては、自分の会社の社員はもちろん世の中の役に立つ人として育ててきましたが、名言やビジネス書に学んで、松下幸之助さんの信念をもって人材育成にあたった人も数多くいます。
そしてそれは、会社を成功させ経営からは退き、晩年となったころも変わりませんでした。松下幸之助さんは1979年に私財70億円を費やして税団法人松下政経塾を設立して、政界にも貢献したのでした。
このような大きな成功を収めることができたのは、天から3つの恵みを受けたからと話し、その恵みとは家が貧しかったこと、体が弱かったこと、小学校までしか進学しなかったことだといったのです。
これも変えることのできない運命を呪わずに受け入れ、逆にその逆行を乗り越え、自分の強みとしたのでした。
まとめ
松下幸之助さんは多くの名言を生み出し、その名言は今もなお語り継がれています。特に人材育成には力を入れていて、物を作りだすより、まずは人を育てることだと説いたのでした。
松下電器から、大企業パナソニックとなり成功するまでには大きな試練がいくつもあり、一度成功してからも、一筋縄ではいきませんでした。
それでも、松下幸之助さんはこれまでに失敗したことは1度もないと言い切り、それは失敗のままで終わらせず、成功するまでやり続けるからだと話しています。
経営の神様と呼ばれた理由が、松下幸之助さんの名言から分かるのでした。