雅子様に皇后は無理?異常な重圧がダメで耐えられない?

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平成の時代もまもなく終わり、皇太子殿下、雅子さまが天皇皇后になられる日も近づいてきました。

そんな中、雅子様に皇后は無理ではないか?、異常な重圧がダメで耐えられないのでは?と言った意見もあるようです。

雅子様に皇后は無理なのか?異常な重圧がダメで耐えられないとはどういうことなのか?改めて見ていきたいと思います。

体調不良でご公務を休まれることが多かった雅子様、最近はお出ましになる回数も増えているようですが、どうなんでしょうか?さっそく見ていきましょう。

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雅子様に皇后は無理?異常な重圧がヤバい?

新しい元号が発表され、いよいよ皇太子殿下と雅子様が天皇皇后両陛下にご即位される日が近づいてきました。

祝福ムードに水を差すような「雅子様に皇后は無理ではないか、異常な重圧が耐えきれないのではないか?」という声が上がっています。どういうことなんでしょうか?

そもそも雅子様が「適応障害」として世間に姿を現すことが少なくなったのは、2004年のことです。

前年に帯状疱疹を発症され、療養されたのですが、その後も体調が思わしくなく、宮内庁によって病名が発表されたのでした。

帯状疱疹や適応障害はいずれもストレスが関係する病気のようで、その原因は公表されてはいないものの、

お世継ぎ問題やそれに伴う海外公務でご自身のキャリアを生かせなかったことではないかと推測されています。

病名を発表以降、長期療養に入られた雅子様。

誕生日の記者会見なども病気以降、一度も行われていない他、数々の公務も土壇場でキャンセルされることもあり、生のお姿を拝見するあまりないのは異常なこととも言えます。

そんな中での皇后ご即位。皇太子殿下は折に触れ、雅子様の体調について「回復しつつある」としているようですが、皇后のお立場になると、

今以上にご公務が増え、苦手とされるメディアへの露出も高まることは想像に難くありません。

その重圧となると、今までの何倍、いや何十倍にもなるのではないでしょうか?

雅子様に皇后は無理?ダメだと言われてしまう理由は

雅子様が「皇后になるのは無理だ」「ダメだ」と言われている理由は次の通りです。

「今より仕事が多くなるから皇后としてはダメだ」「人と会う機会が増えるので負担が重くなる」などなど。

「仕事が多くなる」については後述しますが、天皇皇后両陛下としてお二人でのご公務、そして皇后陛下としてのご公務は今よりもっと責任が増し、数も増えていきます。

今現在、お二人でのご出席が望まれていたとしても、結果的に皇太子殿下お一人でのご公務になったことが数知れずあることを考えると、

お立場も重くなり、必ず出席が求められる皇后というお立場は「無理なのでは?」と考える人も多いことでしょう。

さらに「人と会う機会が増える」は、仕事量に比例して会う人の数も増えていくでしょうし、お立場上、市井の人々ともお話をすることが求められます。

「人の目が気になる」という適応障害をお持ちの雅子様にはとてつもない重たいハードルなのかもしれません。でも「やっぱりダメだわ、出来ない。」とはなかなか言えないですよね。

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雅子様の皇后としての仕事内容は

雅子様が皇后になられたら、いったいどんなお仕事がまっているのでしょうか?宮内庁のホームページを見ると、皇族方の月ごとの参加された行事日程表を見ることができました。

その中で、今よりちょうど5年前、平成27年を例にとってみますと、

「天皇皇后両陛下の4月~6月のお仕事数が374、うち皇后陛下(天皇皇后両陛下の仕事も含む)は156。」(※サイトより計算)

奉仕の方々へのご会釈や次の訪問先について説明を受けられたり、各国大使との接見、お茶会、授賞式などへのご出席などおびただしい数です。

その中には皇后陛下単独でのご公務もあり、または数に含めてないようですが、書類の決裁などもあるそうです。

一方、同時期の皇太子殿下、雅子様のお仕事数は同じく

「4月~6月で、204、うち雅子様は26」でした。(※サイトより計算)

この数だけを比べても、皇后陛下のお仕事として求められている数は今以上に大変になることでしょう。

ちなみに同時期に弟嫁である秋篠宮紀子妃殿下のご公務は、「4月~6月で319、うち紀子様は101」だったのを見ても、雅子様の仕事量は異常に少ないです。

雅子様の皇后になった後の愛子さまが心配との声も

「雅子様が皇后になった後の愛子さまが心配」という声も聞こえてきました。

現在高校3年生になられた愛子さま。小学生時代には「乱暴な男子児童が原因の不登校」があり、母親である雅子様が度々学校へ同伴しては気遣ったという話もあった他、

過度のダイエットにより、拒食症を疑わせるほど異常に痩せてしまい、体調不良からお休みが多くなったなどということもあったようです。

ある週刊誌ではそのお痩せになったさいのエピソードとして

雅子さまは”青いものだけでも食べなさい”とおっしゃったそうです。

それでもなかなか言うことをお聞きにならず、厳しく叱ったこともあったとか…

など、雅子様が心を砕かれる様子が描写されています。

今現在は留学などを経て、学校生活を謳歌している愛子さまですが、今後大学受験をするにあたって、体調が悪化することがないとも言えません。

しかし、今までは母子密着と言っていいほど、娘に掛かりきりになっていた雅子様も、皇后になられてからはそう簡単に娘を優先することができないでしょう。

精神面でも肉体面でも手助けを必要とされるとき、愛子さまも雅子様もどうなってしまうのか、心配はつきません。

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雅子様の病気や病状は

雅子様の気になる病状については、2018年の55歳のお誕生日の折りに、東宮職医師団の見解として

依然としてご回復の途上にあり、ご体調には波がある

とのことです。そもそも雅子様のご病気の「適応障害」とはどういった症状があるのでしょうか?適応障害は文字通り「適応が難しい障害」です。

生活していく中で人はだれしもストレスにさらされているのですが、この病気は

ストレスにうまく対処することができず、抑うつや不安感などの精神症状が現れて日常生活に支障をきたす

病気のことをいうそうです。症状としては不眠やめまいなどの他、不安感がこみ上げる、集中力が続かないなどがあるそうです。

治療でもっとも大切なことは、原因となるストレスからの解放

だそうですが、普通に考えてもそれは難しいですよね。

仕事が原因で適応障害になったとしても、普通はその後の生活を考えると、そうやすやすと退職するわけにも行かないですし、

だれか家族が原因で適応障害になってしまっても、家族とまったく顔を合わせず生活していくことはよっぽど思い切らないと難しいです。

雅子様がここまで長年にわたって苦しまれてきたのも、そう簡単に皇太子妃としてのお立場を辞すことはできず、また人と接することがストレスでも人と全く話さないわけにはいかないですよね。

そういった中で、出来ること、難しいことをご自分のペースで捉えて、ゆっくりと歩まれてきたのかなと思うと、頭が下がります。

雅子様の病気は嘘って噂も

でも、そんな雅子様の病気が「仮病」という噂もあるみたいです。もし本当なら「せっかく同情していたのに!」と何だか裏切られた気分ですね。

公務を軽視する一方で、しきりに外出し豪華な食事をとり、親、姉妹と宮殿外の生活を楽しんでいる。

メディアの大勢はうつ病というより、公務を逃れるための我がままではないかとみている

などなど言われているみたいですが、個人的には言い過ぎのような気がします。

一般的な適応障害の方は、

ストレス因子から離れると、症状が一気に軽くなるので周囲の方には仮病やわがままだと感じられ他人には理解しがたい

という偏見があるそうです。外出したり、食事を気の置けない家族と取ることは、雅子様にとって一種の治療である可能性も高いです。

もっとも本当のところは分かりませんので、もしかしたら仮病で、「面倒くさい公務より、遊ぶ方が楽しい!」「やっぱりダメ、こんなのできない。」と思っている可能性もあるにはありますが、

それを続けるにしてはずいぶん息の長い偽り方だと思いませんか?仮病を続ける方が異常な状態とも言えるでしょう。

一般の我々には皇太子殿下の会見や、医師団の見解を聞くしか、雅子様の病状について知るすべはありません。

ご結婚の際のあのちょっとはにかんだような素敵な笑顔、あるいは海外でコアラを抱いたときに見せた無邪気な笑顔の雅子様をもう一度見たいものですね。

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雅子様の若い頃がかわいい!

健康的ではつらつとしていた雅子様のお若い頃、特にキャリアウーマンのころの雅子様はボブの髪型がよくお似合いで、いかにも有能な女性と言った感じですね。

ご婚約内定のころ、セミロングの髪を耳にかき上げる姿ははっとするほど美しいです。

皇太子殿下は、ご結婚前に好みの女性についてブルックシールズさんや柏原芳恵さんを挙げていたそうですが、雅子様と共通しているのは知的な目元でしょうか?

優秀で自分の意見をはっきりと持ち、なおかつ人柄が優れた

雅子様は、東宮御所でのパーティーで皇太子殿下と顔を合わせ、その後仲を深められていったそうです。

ご婚約内定の鮮やかなイエローのお洋服、そしてご成婚の際の豪華な純白のドレス、鮮やかな衣装にも負けないくらいの美貌は文字通り光り輝く微笑は、人々を魅了したものでした。

雅子様の経歴・プロフィール

皇太子徳仁親王妃雅子さまは、1963年12月に東京でお生まれになりました。

父親が外交官だったことから、1歳よりモスクワで過ごし、その後スイス、アメリカと外国で過ごされることが多く、その折に様々な言葉、生活習慣を学ばれました。

日本に帰国してからは田園調布雙葉学園に小学校から高校まで通われ、ソフトボールに熱中するなど活発な少女だったようです。

高校で再び外国の地(アメリカ)へ家族で赴き、地元の高校を優秀な成績でご卒業、名門ハーバード大学へ進まれました。帰国され東京大学へ編入、外務省へ入省されます。

外交官として出席されたパーティーで、後にご結婚される皇太子殿下と知り合われ、思いを遂げられて1993年ご結婚。

皇太子妃殿下となられました。お子様は愛子内親王。独身時代から犬を飼われていて、現在でも御所に迷い込んだ犬や猫を飼い、ご家族で可愛がられているようです。

まとめ

もうすぐ皇后になられる雅子様。結婚してからの半生は容易ではないご様子で、独身の頃のはつらつとした明るさを中々見ることができませんね。

ただ、元号も変わり新しい時代がやってきます。今の天皇皇后両陛下がお二人で手を取り合い今の誰もが敬愛する皇室を作り上げたのと同じく、

雅子様も皇太子殿下とお二人で、新しい風を吹かせて頂きたいですね。

仲睦まじいお二人のこと、また違った形での新天皇陛下、皇后陛下のお姿を見られるのが今から楽しみです。

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